• 2018/05
  • 28 Monday
  • 23:00

LAST×FAST 05

伝達の利便性を軸に考えた時、世に溢れてる物は何か?
其れは通信用のガジェットの事ではなくて、単体で伝達する。
しかし、其れによって何を想起するか?には個人差がある。

答は、シンボルやロゴやアイコン等の、存在を指す物。
時に文字や言葉よりも早く存在を伝達し、
同時に、印象の違いという奴で伝達を歪ませる。

正しく伝える事が正しく伝わるのではなく、
正しく伝えるには正しさの定義を知る事が必要になる。

しかし、正しさの定義は個人によって違うので、
伝達には常に困難が付き纏う。


CHAPTER:05
GALLERY MADE


300円と聞いて、安いと思うか?高いと思うか?
其れは人によって様々だが、先ずは安い高い以前の話をしよう。

実は適正価格は存在しない。
物自体の価値と販売価格が違うのは当然だが、
世の中の常としては、早々に価値を決め付け、
原価を基準とした価格を適正価格として論じる向きがある。

確かに、世間一般の何となしの常識的な価値観や、
納得を感じさせる価格の決め方というのはあるし、
定着し過ぎていて、価値や価格を疑問視させない物もある。

疑問が最初に湧き上がるのは、見た人の印象からで、
其れは物を見てでも、価格を見てでも印象から起こる。

価格を安いとするか高いとするかは、購入者と販売者次第で、
物から得た印象が良くも悪くも、価格を知ると印象は変わり、
価格からどんな印象を受けても、価値を知るのは後の事だ。

解り易く説明するならば、
自分の気に入った物を見つけても、価格を知ると、
気に入っていただけの物に、必要か不必要かを当て嵌め出す。

安い買い物をしても自分にとって価値が無ければ高いし、
その逆もまた然りという事になるので、
物自体の価値は購入後しか知る事は出来ない。

斯様に、印象は変化していき称賛や罵詈雑言を生む。

300円が安いか高いか?
これを決めるのは物でも原価でも世間一般の常識でも無い。

自分の状態、伝わり易い言葉を選べば、テンション次第である。
金銭的に余裕がある時に限らず、散財する気分だったり、
急な必要性に迫られていたり、強い不安感があったりと、
価格の印象よりも前に、自分の状態が先に来る。

手にする際の状態によって価格から受ける印象が決まり、
手にした後の状態が物の印象を定め価値を決める。
つまり、安いか高いかは自分の状態が決めている。
あくまで、個人の主観での場合に限るが。

何故、個人の主観に限るかは、説明するまでも無いだろうが、
誰もが晒される、他人からの評価や常識的価値観が、
個人の印象を更に歪ませて主観を崩す。

さて、話を少し立ち戻ってみよう。
伝達は印象が左右してしまう難しさがある事に、
冒頭の文章で触れたが、其れは誰もが感じる事だろう。

如何に似ていると言われる親子だろうと双子だろうと、
自分と寸分違わぬ同一のパーソナリティを持つ人は存在せず、
先に、誰もが感じると書いたが、感じ方は各々が違う。

受ける印象や感じ方を細密なパラメーターで表せば、
ピッタリと細部まで重なり合う者同士など存在し得ず、
万人で重なり合いが多い箇所だけを切り取り、
普通や一般的と呼ばれる様な印象が定まり、
そして時間と共に、其れが常識や正しさになる。

計算してデザインされたシンボルやロゴやアイコンは、
このパラメーターの重なり合う箇所を考慮し、
印象のブレが起こらない様に伝達させようとする。

後は、時間経過の中でどんな価値基準を設けられるか?
その事に注力している様は、各メディアでのPRや、
活動内容や活用方法の中で目に出来る。

伝達の利便性として、文字や言葉も確かに有効だ。
しかし、伝えたい事を言葉にすると、半分も伝わらない。
伝えたい相手が言葉を聞いても、伝えは達しない。
だから何度も同じ言葉を繰り返し繰り返すが、
結局は、受け手側の状態が印象を左右するので、
言葉を重ねただけ印象は良くも悪くもなり、
時として、重ねた分だけ無駄が積み重なる事になる。

少し考えてみなくても判る通りに、
世の中の諍いの殆どは、文字や言葉によって起こる。
もし、伝達が正確ならば諍いの半分以上は解決するだろう。

文字や言葉での伝達が正確さに欠けると知りながら、
人は文字や言葉での伝達を止めようとはしない。
こうして書いている文章にしてもそうだが、
長くなれば長くなる程、伝達したい事や印象はブレる。

計算しデザインされたシンボルやロゴやアイコンと同じく、
パラメーターの重なり合う箇所を読み取り、
短い文字や言葉で書く方が伝達は正確で印象もブレない。

「危」とか「毒」という文字が貼られた車を目にした事は?
アレもアイコンに近いが、一目で伝達させる。
「注意」「禁止」等の類の看板を見た事もあるでしょう。
多くの人に対して、伝達や印象にブレは少ない筈だ。

対個人でも同じ事で、相手のパラメーターを読み取り、
伝達したい内容や印象を短い文字や言葉で示した方が、
効果的だし効率も良くなるのは確かだ。

そうなると長い文章や長い話には意味が無いのか?
となるが、そこには別の意味が存在していて、
楽しみや興味や関心と言った類の感覚がある。
勿論、書く者や語る者次第という条件もあるが。

文章を書いたり、話をする立場にあるとしての、
小難しく長い文章、言葉を重ねて話す長い話。
そうやって伝えたい相手に伝えたい事が伝わる様に、
受け取る側が楽しみ興味や関心を持ち考える様に、
出来ているか否かは常に付き纏う第1の課題で、
その後の印象や感想は個人に任せるしかない。

話の歩みは逸れるが、
長い文章や言葉を重ねる事に繋がるので、
伝達と印象についての話をもう一つ。

誰もが何処かで見聞きした事がありそうな疑問。
生まれつき全盲で色を知らない人に色を伝える方法はあるか?

個人的な経験からの話になってしまうし、
正確さに欠けるとしてもだが方法はある。

色が人に与える印象は、ある種の共通性があり、
クオリアや共感覚については更に歩みが逸れるし、
それこそ話が長くなり過ぎるので割愛するが、
他の経験で得た印象や感覚で色を伝える事は可能だ。

質問して代替出来る感覚を持っているかを知る事から始まり、
例えば味覚から湧き上がる印象や感覚を聞き、
自分と共通する印象や感覚のポイントを探り、
どの色がどんな印象や感覚を与えてくれるかを説明する。

先にも書いた通り正確さには欠けるし、
長い時間とコミュニケーションが必要とされるが、
伝え達する事、それ自体は可能だ。

GALLERY REFUSEを大きく改装し、
空間としての在り方を変化させたとしても、
外からの印象は変わりはしないだろうし、
此方が思う価値観も伝わりはしないだろう。

GALLERY MADEというイベントを開催しても、
「また馬鹿げた事をやってやがる」程度の印象は拭えないし、
直ぐに価値を見出して貰えるとも思っていない。

伝わり易いノベルティーや、印象の良いPRより、
長い文章や言葉を重ねる様な方法を選択しているし、
其の弊害も労力や時間も十二分に理解している。

だとしても、長い文章や言葉を重ねる事での楽しみや、
コミュニケーションで知らない色の感覚を共有出来る様に、
時間をかけて伝え達しようとする行動こそが重要だ。

素早く一過性の印象を与えたり伝達がしたい訳じゃあない。
空間に長い時間滞在し体感する事でこそ、
経験として積み重なり、定まっていくカタチを創りたい。
其れが正しいか正しくないかは、未だ判らないが。

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