• 2018/06
  • 05 Tuesday
  • 23:00

LAST×FAST 07

共通項を探す。誰かと自分とに共通する何か。
年齢、出身地、学歴、趣味、仕事、なんでも良いから、
お互いに共通する何かが有れば解り合える。

そう思っている時、
探してるのは共通の何かであったとしても、
求めてるのは通用する自分ではないだろうか?

通じる事が大切なのだろう。
祈りでも、想いでも、対象に通じて欲しいと願い、
そしてその為に様々な自分を用意し、設定していく。

孰れ、用意し設定しただけの筈の自分は、
本来の自分を歪ませ侵食し、覆い隠してもいくが、
そうなってしまった自分に、自分では気が付かない。


CHAPTER: 07
ANOTHER BLOOD


趣味の合わない人を少し忌避した事はないだろうか?
「コレの良さが解らないなんて…」の様な気持ちや、
「アレを馬鹿にするなんて許せない」みたいな感情は?

誰しも自分が強く信じたり好意や好感を持っている対象を
他の誰かに理解されなかったり拒否されると、
ある種の決まり切ったパターンで感情が動く。

中でも最も多いのが、その誰かへの理解を中止する事で、
単純で日常的に起こる感情の動きではあるが、
自分が受け入れられないなら、相手も受け入れない。
とても普通な反応だ。

この普通という事、または普通とされる事を嫌う人も多く、
アングラさやマイノリティである事を好んで、
スノッブな自分で在ろうとしてしまう人に多いのだが、
普通を嫌うが、普通の意味を正しく理解しているだろうか?
一般常識的である事と、普通である事を履き違えていないか?

普、つまり広範囲に対して、認識され通じる事が、
其れが普通であって、一般常識的や大衆的とは違う。
また、場面によっては普通である事こそが素晴らしい。

スノッブな人達は皆、装うのが大好きだ。

セクシャルハラスメントを糾弾しながら、
同性同士では聞くに堪えないセクシャルな陰口を言い、
性差別や暴力や体罰反対と騒ぎ立てているのに、
人気の漫画やアニメに出てくるのは、
乳を半分くらい放り出した女性キャラクターと、
最後は暴力で問題解決するお馴染みのストーリー。

性的倒錯者などの異常な犯罪が起これば、
漫画やアニメやゲームが悪いと、また騒ぎ出すが、
ストーカーや脅迫まがいが頻繁に起こる、
アイドルやタレントの売り方や演出は取り沙汰され難い。

パワーハラスメントやモラルハラスメントを
原因や理由を探るよりも先に片っ端から糾弾するが、
お客様は神様だと言わんばかりの態度で外食し、
公務員には厳しい言葉を浴びせ低賃金が相応しいと言う。

伝統や文化を重んじろと尤もらしい意見を口にするが、
ハーフタレントは敬語を使えなくても容認するし、
相撲の土俵に女性が上がれないのは差別だとする。

職場では仕事に集中し輪を乱さない事が常識人だと述べるが、
県議会に子連れでの出席が認められないと問題にする。

グロテスクやカオスを望んで邪教紛いの装いが好きだが、
実際の暴力には対応出来ないで背を向けるし、
猫を見かけると生け贄にするどころか可愛がる。

一般とは違うつもりの自分の趣味や嗜好を誇りたがるが、
誰かに承認されないと耐えられず呟きや自己発信を繰り返し、
それでも相手にされないと媚びを売る方法を探り始める。

無頼を気取って世の中に唾を吐く様な態度で生きるが、
貧すれば国の制度が悪いし、親が悪いと喚き出し、
窮すれば国の制度にすがり、親の優しさを求む。

ジャーナリズムを大義名分に悪を暴かんばかりの態度だが、
スポンサーの意向には逆らえないし世相には流され、
真実よりも何がウケるかに注力して発信する。

装いや建前は繰り返すうちにいつしか本当の自分を飲み込み、
正当化を始めて理由や原因を、自分以外に設定する。

何かに行き詰まった際に男性が口にする、
「俺は本当は、こんな奴じゃない」や、
理解が得られない時に女性が口にする、
「私の何が解るって言うの?」という言葉は、
その前に、本当の自分や本心を出していない場合が多い。
それでは本当の自分を認め理解して貰うのは無理だ。

例え本当の自分や本心を誰かに打ち明けたとしても、
それまでに積み上げてしまった仮初めの自分が邪魔をし、
相手の承認や理解に届く事を妨げてしまう。

それでも、
承認や理解を求めて原因や理由を他に押し付ける。
斯様に、人は身勝手な生き物だと認めるより他に無い。

争いも無く平等で平和で差別も格差も無い世界を
本当に人類が望んでいるのなら、共産主義は成立しているし、
菜食主義が一般化し動物が全て愛護されるならば、
人類の数は半分以下で、産業も社会も発展しない。

文化や文明は争いの中で派生し発展してきた。
其れを愚かと言うか、人類の業として認めるか、
判断は時代毎の個々に委ねられているものだが、
派生や発展の核には、通じようが通じまいが、
装いでは無く、本気で何かを成そうとした者が居る。

自分のブランドやスタイルを鑑みても、
何処かに属し難い事を続けているのは理解している。
しかし自分にとっては、そうである事が普通だ。

アメリカンヴィンテージの世界の中で考えてみても、
何かに属したり、普通である事は認められ無いと思うし、
その為に自分のスタイルを変えようとも思わない。

アメリカンヴィンテージからの影響は確かに有るが、
その中で通用するだけの物創りには興味が無いし、
自分から共通項を見い出しに行こうとはしない。

創るという行為が、ただの装いでは無く、
自分のスタイルの本気であり普通である事が、
通用し共通項だと感じる誰かを探しに旅してる。

別の血が混じる事で、次に何が派生するのかを楽しみながら。

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