• 2018/06
  • 07 Thursday
  • 23:00

LAST×FAST 08

関係性と距離の類似について考える事がある。
何方に対しても、遠いとか近いとかの感覚を持つ点、
何方に対しても、測る事で行動を決めている点、
何方に対しても、目的があらば対価を支払う必要がある点。

どんな事でも細かく言えば対価は必要となるが、
常に其れを意識して生きている人はあまり多くない。

意識せず払う事もせず、積み上げた対価は、
孰れ、代償として払う事になる。


CHAPTER: 08
JAPAN ROAD 02


身近では無い人には対価を払うが、
身近な人には対価を払わない。

身近な人と会うのにお金を払う人は少ないだろう。
だが、身近で無い人と会うには人はお金を払う。

男性でも女性でも、夜の街で異性と触れ合う店に行き、
楽しんだとて帰り際には必ず支払いが伴う。

コンサートやライブに行くには、必ず支払いが必要だ。
しかし、友人や恋人に会うのに相手にお金を支払うだろうか?

答は、特異な例を除いて、きっとNOだ。

2010年代に入り、関係性も距離も遠い相手が、
身近に感じられるツールは沢山増えはしたが、
先のCHAPTERでも触れた様に、知らずのうちにだとしても、
高い対価は自動的に支払わされているものだし、
実際には、近くなった様な気がしているだけでしかない。

誰か、著名人なりがSNSで心情を吐露したとして、
其れを見て意見が出来る事を身近に感じるとするならば、
関係性や距離について少し考えてみた方が良いだろう。

発信された情報だけを知って言葉を並べるその他大勢と、
実際の交流によって培われる関係性には大きな違いが在り、
パーソナルが不明な意見は、単なるその他大勢だ。

勿論、そうで無いケースも現在では有りがちな事だが、
流れてくる情報と実物とに距離が在るのもご存知の通り。
貴方の勝手なフィルターで世界が曇っていないのなら、だが。

お金が対価として全てに相応しいがどうかは別にして、
一般的に解り易い対価であるのは間違いがなく、
お金もまた、労働や能力への対価として存在する。

家族や友人、恋人との関係性の中で対価を決めるのは難しく、
その対価をお金と言う解り易い対価で換算は出来ない。
個人によって対価の定めは違うし、支払い期限も違う。

感謝や誠意、愛情などの言葉に代表される様に、
物質的でない何かを対価として考える向きもあるが、
一時的でしかない其れ等は、対価と呼ぶには脆く、
至極、一方的な感情に過ぎない場合も少なくない。

実際の距離を近くするのには必ず対価が必要だ。
シンガポールからベルリンまで行くのに払う対価は?
飛行機を使わず、歩くにしてもヒッチハイクでも、
どれだけの時間と労力とリスクを対価として支払うだろう?
其の対価を考えて行くのを躊躇う人は多い。

しかし、恋人に会うのに対価を考える人は少ない。
待ち合わせ場所を決めず、車で家に迎えに来て貰い、
1日遊んでまた家まで送って貰ったとして、
其処に対価を払う必要性は考えているだろうか?

関係性が近くなった最初の頃は考えもするかも知れない。
やがて付き合いが長くなり関係性の近さが当然となり、
迎えが来るのが習慣として染み付いてきた頃には、
対価の事は何も考えず、感謝すら表面的になって、
迎えが来なければ文句すら口にし相手を責める事になる。

関係性は近くなればなる程に必ず甘えが生じ、
距離も同じく、自宅の近所であれば警戒心は減り、
勝手知ったる道に対しては緊張感も不安も抱かなくなる。

対価は常に払わなければならないのだが、
自らが生み出した、甘えが其の事を忘れさせてしまう。

少し話の歩みを止めて違う方角を向く必要がありそうだ、
話題に挙がりがちな暗号通貨の方へ進めてみよう。

「大馬鹿理論」によって成り立っている事の多い暗号通貨は、
株式などとは違い、製品やサービスや資産を
「トークン」として発行する事が主流になっているが、
つまりは何かしらの商品をトークンにしているので、
トークンを使って、特定の製品やサービスを提供を受ける。

IOCによって独自のトークンを発行して資金調達を行う。
株式の売却をするIPOに代わって台頭してきた方法は、
ブロックチェーンという技術によって成り立っているが、
かなりの数のIOCが抱える問題として投機的売却だ。

まともな企業としてのIOCであれば、対価が存在し、
現実社会で受ける製品やサービスが存在するが、
投機目的の者達にとっては、トークンの原資産は意味を成さない。

それならば、トークンをベッグ制(現実対価との固定)にして、
変動幅やヴォラリティを減らせば良いだけだが、
欲は身近な現実に甘えを生じさせるのが常で、
自分が所有する資産の価値が上がる事を皆が望む。

つまり、無償で手に入る金を逃したく無いと、
多くの人が望めば望む程、現実の対価との距離が遠退き、
「大馬鹿理論」でトークンだけを見て手を出した人々が、
紙屑にすらならないデジタルの記号に代償を払う事になる。
そして、決まって自分の愚かさよりも誰かを責める。

どうやら違う方角を向きながら同じ地点に戻ったようだ、
話の歩みを先へと進める事にしよう。
対価を払うべきと人が自発的になる多くの場面には大義が在る。
事の大小、其れが何の為であるかに関わらず、
大義を感じる事で対価や代償をも厭わなくなるが、
時には大義を理由に理不尽な行いに走る人々もいる。

大義というのは、其れが為されて始めて大義と成る。
正しさは後世によって変わりはするものの、
為さねば成らぬの言葉通り、理想を語るだけでは意味は無い。

道半ば志半ばで大義を為す事が途絶えたとして、
もしくは、大義を大義と認められ無かったとしても、
其の過程は、物語として後世に何かを残す事もあるが、
必ず其れ相応の対価を払った事で何かを残してきた。

何かに対する不満や、何かに対する憤りを晴らそうと、
現状打破の理想を語る者が尽きる事は無いが、
為す事も無い理想は絵空事と変わらず幻想だ。

理想や幻想に留めるだけならば、払う対価も無いかもだが、
想うだけ、語るだけで対価を払わずに生きていれば、
孰れ必ず、対価に留まらない代償を払う事になる。
何も為さないでいた過去の自分に代わって、現在の自分が。

想いが無いままの行動は意味を成さないが、
想いだけで行動が無ければ何も成さない。
払うべき対価にすら気が付かないままならば、
現実との関係性も距離も気が付かないうちに遠去かる。

大義が有った。
とは、自分の活動を振り返っても言い難い。
JAPAN ROADでやってきた事をそう思う。

だが、理想が無かったかと言えばそうでは無いし、
其の理想が自分にとっての大義にはなっていた。

旅をして、何処かで何かを創ると言う、彫金に必要無い行為。
平たく言えば、ツアーやイベントでの物創り、
彫金の実演が必要で無かった世界に対して、
一つの形式として根付かせる事は理想だった。

現状で、シルバーアクセサリーの業界で見ればだが、
其の理想も大義も成したと言っても過分無いだろう。
其の為に、多くの対価も多くの代償も払ってきたが、
何かの権利が有るなんて思っちゃいない。
ただ、自分の納得が得られただけだ、俺。

後に続く者が在ってこその道であるからにして、
この先は道を歩んでいく者達が為すべき大義であり、
道を外れた俺は、外道として旅を続けるのみ。

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