• 2018/06
  • 30 Saturday
  • 23:00

LAST×FAST THE END

意識の速度を感じながら日々を過ごしているだろうか?

文字を読む際にすら意識は速度を変える。
「銀東一歩道橋」と「ぎんとういちほどうきょう」では、
頭に入ってくる速度は違うし、情報も意味も少し変わり、
意識は速度の違いによって方向を変化させられる。
示されている意味自体は同じであってもだ。


CHAPTER: THE END
JAPAN ROAD FINAL


影を見るか光を見るか?空間を見るか物体を見るか?

人は自分が思う以上に意識の変化や速度に対応しない。
何を見て、何を感じ、何を求めて、何をするべきか、
意識は既に進むべき方向に向いているにも関わらず、
思考は常に様々な雑念に振り回される。

現実を見たと意識した時、既に現実は過去になっている。
脳信号と現実のタイムラグが起こす現実とのズレは、
通常であれば意識を如何に研ぎ澄ましても解消し難い。

脳信号と現実のタイムラグを埋める事が無理でも、
意識の速度と行動の速度は合わせる事が可能だが、
その事を念頭に置いて日々を過ごしている人は少ない。

例えば、こうした文章を難しいと感じて、
長ったらしく回りくどいと思う人も少なく無いが、
その理由は、文章が難しいとか重苦しい事よりも、
自分の意識が速度を上げ難い事にある。

見慣れない漢字や言葉や専門用語が並ぶと、
意識は速度を下げてインプットさせようとするが、
脳は疲労を感じて思考を止めさせようとし、
意識速度が自分に心地の良い方に向かわせようとする。

簡単な話だ、パソコンでもスマホでも、
wifi環境の悪い中でデータのダウンロードを行うと、
他の事が出来なくてイライラした事は?
動画が見れなかったり、ファイルが開かず、
オマケに専門用語が英文で表示されたら?
長い時間、余計な手間、難解な思考。
ダウンロードを止めたり、動画を見るのは諦めて、
他の何かに意識をスライドさせるだろう。

ならば何故?
と、こうしたメカニズムの解説を書くくらいならば、
最初っから明解でインプットし易い文章にしろと、
最後に要約された答をかくならば其れだけを書けと、
そんな事を感じられたり、言われたりしそうだが、
先の例えで表すなら、自分のwifi環境は改善しないのか?

何にしても、旅の纏めとして綴ってきた駄文は、
意識の速度を保って向かい合わないと歩めない話にした。
切り拓く旅をするってのは、そうしたモノなのだから。

目的が解っていても、意識が向かっていたとしても、
時間と労力を想像し、雑念に囚われて意識を逸らす。

そうして、目的に対して考える事を止めて、
楽に過ごせる時間を求め、やがて目的への意識に蓋をする。
どれだけ歳を重ねてみても、人は楽な選択をしたがるし、
考える事に労力を割くよりも、簡易的なインプットを望む。

その繰り返しが、やがて積み上げていない自分を生み、
考える自由を放棄してしまった自分に気付きもしない。

厳しく困難な旅に出て、危険な事象に時間や労力を割くより、
快適で楽な自宅でのんびり過ごしている方が良いのは確かだ。
其れを否定しようとは思わない。

だが、知らないままに考える自由を放棄し、
批判や非難だけを並べて権利を主張する声に、
意識を向けて速度を合わせてる時間は無い。

考える事は自由だが、考えるには時間も労力も必要だ。
FREEDOM IS NOT FREE

時間と労力の果てに、何かのカタチとして実を成す。
其れが、俺にとっての最大の自由だ。

10年間続けたJAPAN ROADを終わらせて、
新しい速度で旅に出る時が来ただけでしかない。

一つの旅のカタチが終わって、
次の旅のカタチはもう見えてる。

またの日に。

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