• 2019/02
  • 01 Friday
  • 23:08

モラウガワ

問題事が、過去にしても現在にしても何かしら有り、
其れを抱えているのが辛いからと誰かに助けを求める。

この一連の流れは、物事を素直に表に出すか出さないかの、
個人の性格的な特徴が左右する部分はあるにしても、
至極普通だろうし真っ当だと、そんな風に思う。

多分、世間一般的にも溢れ返っている事象だろうし、
「困った時には誰かを頼る」のは何も間違いじゃない。
すぐ頼る人、頼れる誰かが少ないという人も、
別に何も特別でも無く、在り来たりな事だ。

でも、何故?
「助けて貰える」前提で物事を進めるのだろうか?

「誰も私を助けてくれない」と言う人は、
何で誰かに「助けて貰える」前提で嘆くのだろう?

もし、「助けて貰える」前提が本当に無いのならば、
「誰も私を助けてくれない」なんて気持ちすら湧かない

誰かに頼るのは自由だし勝手だし普通の事だが、
問題の解消や解決を誰かにして貰えるのは、
権利でもなければ当然の事でも無い。

そんな事を
スーパーの惣菜が半額になるのを待ってる人達を
側から見ながら思う、俺。



そして、残りカスみてぇな惣菜を半額で買う。
自分が選んだ独り身の生活で「助けて貰える」とか、
そんな事は考えてねーなー、俺。

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