• 2019/02
  • 04 Monday
  • 10:20

コミュニケーションコンドーム



コミュニケーションの場で、ある程度は必要になる、
ローション的な発言や発信ってものはある。
コミュニケーションを円滑に行うとか、
潤滑油的な存在が必要って事で「ローション野郎」が、
お調子者ポジションで活躍する人もいるのは、
多人数でのコミュニケーションが必要な場合だろう。

これは、そんなコミュニケーションローションとは別の話。

個人として好きな物は好き、嫌いな物は嫌い。
そんな事すら正直に言うと問題視されるのは、
右往左往する公衆道徳と常識観念の押し付けだと、
誰もが気が付きそうなもんなんだが気が付かないのは、
「感染症と望まない何某」には気を付ける為に、
公共の場での発言や発信にはコンドームが必要になったから。

コンドーム無しで発してしまったが為に、
病気持ちみたいな輩に侵食されている誰かや、
望まない何某かを産んでしまった誰かを見て、
自分の本心や欲求や本名は隠しておかないと、
核心を突かれても認めないで誤魔化さないと、
そんな意識が蔓延しているからなんだろうか?

「やっぱり否認って大事だな」ってなる人が増えて、
コンドームみてぇな薄っすい道徳と常識を用いる。

だけど、自分でコンドーム被せておいて、「息苦しい」
って、何だろね?

責務を果たす気が有るなら必要無いだろうに。

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