• 2019/11
  • 27 Wednesday
  • 23:20

最初のマンと最後のマン

意味の無い物だと思っていた筈が、
必要性を感じると途端に重要になってくる。

貴重だと知ると何故だか大切にし始めてしまう。

「価値の天秤」を揺さぶるのはいつも、無知と無自覚で、
逆に過敏になり過ぎると極端な意見が出始める。
過激派なヴィーガンやシーシェパードを例に出すと、
あまり良くないかも知れないが、少し分かり易い。

一般的に、「価値の天秤」は意味の有る無しや、
必要・不必要で針が揺れる事が多いのだが、
人が何故だが勝手に意味を見出してしまうのが、
最初と最後だ。

月面着陸を例に挙げるまでも無くだが、
人類は最初の到達ってヤツに価値を見出す。
遺言の効力を例にするまでも無いのだが、
人類は最後の意思ってヤツに価値を見出す。

日常でも様々な最初と最後の価値を見るだろう。
実際は最初と最後と二番目も最後から二番目も、
同じ様に其の順番は一度しか巡ってこないので、
同じ様に貴重である筈なのだが、価値はまるで違う。

「価値の天秤」は移ろい易いものだが、
最初とか最後って事だけで価値を見出す、
ファーストのマンとラストのマンはいなくならない。



人生最初のセックスする童貞と、
人生最後のセックスになる人は、
どっちが価値があるんだろうか?

Selected Entries

Links

Archives

Search this Site.

Others